山崎直子さん 宇宙飛行士

■ 山崎直子さん 宇宙飛行士
5日、NASAケネディ宇宙センターより打ち上げられたスペースシャトル
「ディスカバリー号」の7名のクルーの1人山崎直子さん。
日本人女性では向井千秋さんと2人目の女性宇宙飛行士となります。
TVなどで見る映像だと笑顔が素敵な
一般の女性となんら変わらないように見えるのですが
山崎さんが自分の夢を実現するまでには
想像を超える大変な努力と苦労があったのではないかと・・・。
山崎さんがいつも大切にしている言葉があるそうです
高村光太郎さんの【道程】の「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」
これは、山崎さんが中学時代の亡き恩師 天野修一教諭が
未知の世界へ踏み出す勇気の尊さを伝えようとしたメッセージで
山崎さんはこのメッセージに大変感銘を受け
宇宙を目指す長い道のりの中で悩んだ時
この言葉で、どんな状況であれ自分が信じて歩き続ければ
そこが道になるといつも励まされてきたそうです。
1999年2月、宇宙飛行士の候補に選ばれた新聞記事を見た時
天野教諭は妻の君枝さんに「この子は教え子。頭も性格も運動神経も良くて
こんなに三拍子そろった子がいるんだと思っていた」と
自慢げに話したそうです。
山崎さんは小学校の頃、自宅近くにあるプラネタリウムに
毎週よく通っていたそうですが
その頃はまだ宇宙飛行士になるなんて思いもしないで
漠然と「私たちが大人になったときには、みんな宇宙に行けるんだ」
とそう思っていたそうです。
それが、中学3年のとき
1986年1月29日スペースシャトル「チャレンジャー」号の打ち上げ
笑顔で手を振る宇宙飛行士たちを見て
「本当に宇宙に行けるんだ」と思ったその直後、
打ち上げから数十秒で「チャレンジャー」号が大爆発
ものすごいショックと同時に山崎さんはなぜか
「命をかけても宇宙に行こうとしている人たちの尊い志を継ぎたい!」と
それが宇宙飛行士をめざす第一歩だったそうです。
山崎さんは現在3人家族
大変な訓練が続く中、出産した一人娘の優希ちゃん、
そしてご主人の大地さん。
ご主人は筑波宇宙センターのシステム運用管制官として勤務していましたが
山崎さんがアメリカ、ロシアで訓練している間、
子どもの育児や家事全般を引き受け
会社の仕事と家事・育児、さらに両親の介護まで抱えて、
大変な思いをされたきたそうです。
山崎さんのアメリカでの訓練が本格的に始まるのを機に、
会社を退職し、家族3人で一緒に渡米
その後、2007年アメリカで会社を設立
現在は実業家でもあります。
しかし、妻の夢の為に自分の人生を変換する事は
なかなか男性には出来ない事ではないかと・・・
ご主人の考え方の器が大きいは勿論なのですが
夫をそんな気持ちにさせた
山崎直子と言う女性の魅力は計り知れない何かがあるんではないでしょうか。
■ 山崎直子プロフィール
1970年千葉県松戸市生まれ。
お茶の水女子大学付属高等学校卒業
1993年東京大学工学部航空学科卒業。
1996年東京大学宇宙工学専攻修士課程修了。
1996年からNASDA(現JAXA)に勤務しJEMプロジェクトチームで
「きぼう」日本実験棟の開発業務などに従事。
1999年NASDAより、国際宇宙ステーションに搭乗する
日本人宇宙飛行士の候補者として選定される
2001年9月宇宙飛行士として認定される。
2006年5月「きぼう」日本実験棟の打ち上げミッションの
クルーサポートアストロノー (搭乗者支援宇宙飛行士)
に選定される。
2010年04月06日 | |カテゴリ: 女性図鑑
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